-「JazzUpTokyo」誕生まで-

Mayumi

真由美(May)

JazzUpTokyo.comの創始者である真由美(May)は、東京新宿区生まれ埼玉育ち。音楽好きの両親と姉・弟に囲まれ育った。

3歳からクラシックピアノを学び始めた真由美は、ピアノの練習に明け暮れる毎日を過ごしていたが、アマチュア・ベーシストでジャズ愛好家であった父親の影響から、小学生になった頃から1歳年下の弟と共にジャズに没頭、当時父親の聴いていたアーティスト達-Oscar Peterson、Dave Brubeck、Horace Silver、Ray Brown、Ron Carter、Dave Grusin、Lee Ritenour-に加え、母親の聴いていたNat King ColeやCarpentersなどアメリカンポップといった音楽を身近に聴きながら育っていく。

80年代にはブリティッシュポップスやアメリカンポップスを楽しんだ時期もあったが、80年後半、フュージョン・クロスオーバーといわれるジャズにロックやポップのミックスした音楽が日本で熱狂的に受け入れられるようになると、世の中の例にもれずにフュージョン・クロスオーバー音楽一辺倒となった。弟の影響からカシオペアやスクエア、高中正義といったアーティストも愛好したものの、やはり情熱の的は、当時アメリカ西海岸のアーティストを中心としたフュージョン・クロスオーバーだった。

真由美のジャズに対する情熱が決定的になったのは、1987年におこなわれたGRP All Star Super Live。当時、新たなジャズのジャンルで最も活動的で先進的だったレコードレーベル・GRPレーベルに所属するアーティスト達による日本でのライブは、真由美のジャズへの情熱を決定的にしたと言える。

東京都内の大学在学中にはアルバイトの傍らTower Recordsに通いアーティスト達の新たなアルバムのチェックを怠らず、またアーティスト来日ライブの際には、ファンの長い列に加わり気に入った席を確保することに時間を費やした。

その真由美が徐々にアーティストとのネットワークを広げ始めたのはこの頃。大学受験時に独学で学び始め、大学で磨きをかけた英語力を駆使して交友を始めたアーティストには、RippingtonsのリーダーでギターリストのRuss Freemanやサックス奏者のEric Marienthalなどがいる。Sony Music Entertainment就職後も、フュージョン・ジャズにかける情熱は冷めず、国内のジャズクラブを歩き回るだけではなく、海外のジャズクラブやジャズフェスティバルへと足を伸ばすようにになった。当時真由美が足を伸ばした先には、Maui Music Festival(ハワイ州マウイ島)、ジャズクラブ「Jazz Alley」(ワシントン州シアトル市)、Newport Beach Jazz Festival(カリフォルニア州ニューポートビーチ市)などがある。

その情熱を家族に語るだけでは物足りなくなった真由美が、レポーターとしてジャズのウェブサイト「CyberFusion」(Jazzfusion.com)にボランティアをするようになったのが1990年代終わり。以降、数々のインタビュー、ライブレポート、また新作レビューをこなした。インタビューしたアーティストにはピアニストのDavid Benoit、キーボード奏者のScott Wilkie、サックス奏者のPaul TayplorやJeff Kashiwa、またギターリストのChuck LoebやRuss Freemanなどがいる。

そんな真由美の人生にちょっとした針路変更があったのが2001年。かねてより計画、努力していたアメリカ大学院への進学が決まり渡米することとなった。この時から真由美のジャズ活動も米国へと本拠地を移すこととなった。大学院での勉学に明け暮れながらも、ジャズを求めて旅する癖は相変わらず。結果、それまで一度も訪れたことのなかった米国都市へも足を伸ばすこととなった。

2013年、「CyberFusion」で経験を積んだ真由美は、ジャズへの情熱とアーティストへの尊敬の気持ち、それに加えこれまでの経験を生かして、アメリカ発日本のファン向けのジャズサイトを開設しようと決心、ここから「JazzUpTokyo」が生まれた。

アメリカでのジャズの楽しみをもっと多くの日本のファンに知ってもらいたい・・・ウェブサイト「JazzUpTokyo」にはそんな真由美のジャズに対する強い思いが、込められている。

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